2007-09-30

文学者の老いや自殺とか

 一晩で「追悼私記」読み終える予定だったはずが自分自身が夜まるでダメポ状態により今になってようやく読み終えた。文学者の老いとか病とか自殺とかが満載で、これほど興味深く読んだ文庫は最近なかったような気がする。恥ずかしい話だが「えっ、この人*註1は自殺だったのか」という驚きもあった。ついでに言うならば1999年9月に「文学界」に寄せた「江藤淳記」の最後に書いている吉本自体の老いについて触れていた部分が自分の気持ちを暗くさせてしまった。
眼と足腰がままならず*註2、線香をあげにゆくこともできなかった。この文章が一本の線香ほどに、江藤淳の自死を悼むことになっていたら幸いこれに過ぎることはない。
  -「江藤淳」最後の立ち姿のイメージより-

 その昔四谷の上智大学で行われた吉本隆明そのひとの講演を聞きにいったことがあった。電車に乗るお金もなく当時いた渋谷代々木上原から四谷まで歩いていくしかなかった。自分が畏敬してやまないその人は100人程度しか座れない教室の教壇に立っていて、その精悍な顔と鋭い眼光でもって他を圧するように見えた。吉本は当時40半ばの年齢であったはずである。だが喋りだすと決して巧いとはいえない訥々というか、近所にいそうなオッサンみたいな感じで恥ずかしそうに喋りだし、なんか自分の持っていたイメージを払拭して凄く親近感がもてたのを覚えている。だがそのときの内容はとても理解を超えていて全てが初めて聞くかのごとき世界であった。今考えればその頃もう既に「心的現象論」についての構想が既に始まっていたということになる。考えるだに恐ろしいことだと今も思っている。まさに日本人として前人未到の領域に彼はそのとき既に分け入っていたということになる。その場に居た人間のどれほどのものがそれを理解して聞いていたのかはわからないが、サルトルやフッサールをかじった程度の知識しか持っていない自分では到底理解を超えていたとするのは当然だった。そしてその「心的現象論」は彼が主宰していた直接購読制をもつ「試行」*註3の終刊号(1997年12月20日)まで連載されていることを知ってはいるが公刊で無いゆえに見ることも読むことも出来ない。ほぼ30年にわたってその論が書き続けられているということも驚愕に値するが全貌は推測することしか出来ない。彼は今83歳*註4になるのかと思うがたぶん陽の目を見るのは死後ではないかと思う。口述筆記なのだろうか。ある意味では埴谷雄高が死ぬまで書き続けたといわれる大作「死霊」を髣髴させる。凄まじいといえばそうに違いなのだけれども、なんか妙に寂しいことでもある。
※追記:吉本隆明と共に「現代批評」を創刊した奥野健男*註5が東芝出身の技術屋上がりだということを「追悼私記」を読むまで知らなかった。また当時奥野健男が高分子化学の製造技術に関して特許庁長官賞を受賞した。それに関して批評家平野謙の「推理癖」を平野謙への追悼文「平野さんの神々」において書いている。相当笑わせてくれる内容なのだが最後には笑えなくなってしまった。

註1:文学者ではないが対馬忠行が自殺だったことは知らなかった。1979年4月11日播磨灘で投身、同年8月11日に死体が浮上。思想家、ソ連論に収斂される業績は大きい。「トロッキー選集」の翻訳者でもある。「追悼私記-対馬忠行-駈けぬけた悲劇」の稿参照。
註2:糖尿病、白内障の手術、腸がんの切除手術など多くの病気を抱え、ほとんど歩けず見えない生活。満身創痍。
註3:「試行」全74冊の目次-「吉本隆明全著作(試行)」
註4:2005年11月の読売オンラインに吉本隆明の近況と共に執筆方法が載っていた。また、『共同幻想論』の仏訳がCD化されていることも知った。L'Illusion commune『共同幻想論』フランス語訳。「「肉フライ」 吉本隆明さん」-読売新聞-に於いても好々爺ぶりがみてとれる。視力が衰え、文字を拡大してモニターに映しながら、執筆や読書を行う。とあった。『「●ルーカスWを使う著名人●」』氏の初のCM出演なのか?微笑ましい。
註5:大正15年、(1926年)7月25日東京生まれ。昭和27年東京工業大学理学部化学科大学在学中、文芸部雑誌に「大岡山文学」に書いた「太宰治論」によって一躍注目を浴び本格的評論活動に入る。昭和28年同大学卒業後(株)東芝へ入社。昭和29年「現代評論」を服部達らと、昭和33年「現代批評」とを吉本隆明らと創刊。旺盛な批評活動を行う。昭和34年大河内技術賞、昭和38年科学技術庁長官奨励賞、昭和39年特許丁長官賞受賞。トランジスターラジオの開発に貢献した。参照先「奥野健男 ★プロフィール★」には若かりし頃の文学者達の写真が載っていて貴重だ。この中の写真で生きているのは吉本ただ独りとなっている。
記:このエントリははてなGの「愚民の唄」2006年11月09日より転載した。
追悼私記 (ちくま文庫)
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