2008-03-20

妄念の虜となった男

 昨日アーサー・C・クラーク(Arthur C. Clarke)の死亡が伝えられた。臨終についての新聞記事等によるとスリランカ・コロンボの病院にて呼吸不全のため19日死亡(*註1)となっていてそれ以上のことは判らない。享年90歳であった。慎んで哀悼の意を表したい。
 彼は読む者によってはSF作家と一括りには語れないものを持っていた。特に優れた短編には時としてははっとさせられるものが多くあった。宇宙という認識世界に形而上の示唆に富む物語を持ち込んだ男でもあった。
 まことに理屈に合わないことだったが、旅の終わりが近くなってきたいまになって何かが起こったら、こいつは恐ろしいぞ、と考えはじめた。はやく街の光が見えてこないかと必死に期待しながら、しばらくは、最悪の恐怖が忍びこむのをくいとめた。だが、数分が過ぎ、彼は尾根が思っていたより長いことを悟った。街がまた見えてきたら、ますます近づいたことになるのだと考えて士気を高めようとしたが、論理はなぜか彼を見捨ててしまっていた。まもなく、彼はあることをしている自分に気づいた。
 立ちどまり、ゆっくりと周囲を見まわし、肺が破裂しそうになるまで息を詰めて、聞き耳をたてているのだ。
     -A Walk in the Dark(闇を行く)-
      Arthur C. Clarke 風見 潤 訳
 宇宙空港から次の便が出るのは一ヶ月もあとである。たった一台しかないトラクターも動かなくなり懐中電灯は闇の中に落ちた。アーサー・C・クラークにしては珍しい姿の見えないクリーチャーに怯える男の恐怖を描いている。年老いた基地事務員の未知なる生命体への奇想天外の話しがにわかに彼の妄想の中で真実味を帯びてくる。銀河系の中心から遠く離れた惑星での男の体験は「SFホラー」と片づけるには惜しいほど寓話的である。
『心は対立する二つに分裂した。互いに相手を打ち負かそうとし、どちらも完全な成功をおさめることができずにいた』
妄念の虜となった男。
*註1彼の死亡を伝えている訃報記事についてはneanさんの「極私的脳戸」において詳しくそちらを参照して欲しい。
※このエントリは2004-06-29にはてなダイアリにおいて書かれたものを加筆編集転載されたものです。
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