元々は私の別ブログで、あるところにおいて断片的にまとまりもなく書いていたものを再度「はてな」に移行しようと試みたものであることを断っておきたい。もっとも大幅な改編が必要と思い、それならば今後はそのまま「はてな」で書き進めた方が本来の目的にかなうのではないかと思った次第である。もっとも何処が到着点となるのかは全く分からない。だからこそ書くのである。
御影堂
写真は御影堂(京都、東本願寺):世界最大の木造建築物。4度の火災に遭いながらも1880年(明治13年)起工、1895年(明治28年)完成。親鸞聖人の遺骨と御影像を六角の小堂に納め、「廟堂」「御影堂」とよんだ。
私の死屍を、良い場所に持っていきたい。
一人の修行僧がバラナシの河の淵で息を引きとりつつあるのを一日中見つづけながら、私はそのように思ったことがある。河の見える聖地の赤土の上で、天空を見つめ一人印を結びながら静かに死んでいったあの男は、何てダンディな奴だ!俺はお前の最後のダンディぶりを写真に二枚残してやった。
-印度放浪 藤原新也-
藤原新也の『印度放浪』は今となれば古典的名作であるというべきか。ガンジス川の河原で人間の足を銜えている犬の姿が衝撃的であった。屍を貪るように喰らう野犬たち。ということで仏教の誕生と当時のインドの歴史的背景について話を進めていくことになる。では遥か古代インドへの旅から始めようようではないか。
-光芒-1-「アーリア人の侵入」に続く-
※このエントリははてなダイアリ(2005-11-04)から転載されました。